娯楽三昧

迷宮式娯楽三昧・全年齢版

PS5が安い理由

PS5は安い。メッチャ安い。5万高いし値下げ待ちという人を見かけるとズコーッ!!! となるレベルに安い。

いや5万は高いでしょ? と言われても財布の中身と比較した際の相対的な値段で考えたら5万は消して安くないのだが、あのスペックという価値ベースで考えると5万は絶対に安いのだ。


そもそもPS5のGPUを買おうとしたらそれだけで8万もする。CPUなら4万、SSDなら2万、メモリも2万……。
さらに基盤(マザーボード)から電源まで考えたら20万を超えるゲーミングPC相当の性能である。それが4分の1



安い。安すぎる。



っていうか絶対売るほどSONYは赤字である。




大量生産で原価を抑える! という方式はユニクロの発展で認知が広がったと思うんだけど、そもそも服の原価率は30%と低かった。
しかしGPUは元々原価率が50%はあるとらしい。大量生産で安価にするのにも限度がある。



じゃあなんで安くなってるの? 安くしてるの? と言えば、PS5の販売で利益を出そうとしてないのだろう。
そもそもSONYの目的はPS5を売ることではなく、次世代ゲームをプレイさせる手段としてPS5を普及させることにある。*1



様々なメーカーのゲームが販売されればSONYは権利料を得るだろうし、ハードが売れればそれだけソフトが売れてその収益も増え、ソフトが売れるとなれば様々なメーカーが参入し、さらにソフトを目当てに人が入る。好循環である。
さらにハードと比例して周辺機器が売れるので、そこが収益が繋がる。


これが目的をはき違えてPS5単体でマネタイズをする、と考えると、マーケティングは大失敗になる。



前述したようにそもそもスペック的に破格の値段なので、これで黒がでるように値段をあげると一般人が手を出したい! となるものではくなり、マニア向けになってしまう*2
予約などで入手できなかったマニアは俺を含めて業界に貢献してる自負があり、一般人よりもコアなユーザーなので優先されてもいいのではないか*3、俺たちは価値を判るので値段が高くても優先して買うので品薄にならないような値段にしてほしいと身勝手な経済ガン無視の要望を抱いてしまう。



結果、ソフトを買うパイが減る。ソフトの売り上げが伸びないならメーカーが死ぬし、もしくは他のハードに流れてしまう。ソフトがなくなればハードは売れない。市場は死ぬ。



というわけで、短期的な利益ではなく中長期的な視点でマネタイズを考えて値段をつけているはずである。最初に高い値をつけてマニアに売ってから安くすればいいじゃないという声もあるかもしれないが、そんなもの信用をなくすし、最初の印象で「高っ!」となれば一気に自分には縁の無いものというカテゴリにいれられるorライバルに顧客を奪われるので、正直経済的視点のないマニアの自分贔屓といった感想が拭えない。



値段をあげて顧客を限定する高級路線は普通に存在するが、顧客を絞ってでも成立させようとするなら純金PS5(100万円)とかいうレベルの値付けにしなければリスクが上がるだけだし、そもそもゲーム機は単体で売れてもソフトが売れないと意味がない。金持ちであろうが分身はできないので高級路線はそもそもミスマッチである。




でも次世代ゲーム機なんて初期不良が当たり前におこる好きもの向けのものなんだから、値下がりだの高価な買い物だのを許容をできる「覚悟」のある者が買うべきだしイイジャン……なんて思ってしまえばもう危険で消費者に覚悟を求めてる時点で斜陽である。


アーケードゲームだのなんだの、衰退ジャンルは心構えとか覚悟だとか大衆に受けてるものより高尚だのと精神面を尊び始める層が現れ始める。これは自己認識と世間のズレを受け入れるために、自分以外がおかしいと下げることで自分を取り巻く環境に変化をもたらさずにマウントをとり優越感を得るための精神活動である。


PS4はせっかくコンシューマ市場で一人勝ちともいえるくらい売れたのだから*4、その先行者利益を放棄するようなマニア向けをする理由が、マジにまったくない。



というわけでゲーム機は安い。
安いのですぐ売り切れる。
生産量には限度があるのでその状態は続く。
そうならざるを得ないのだ。しょうがない。大人しく苛烈な競争を勝ちきるしかないのだ。


ただ今すぐ出来る入手率アップの方法自体はある。


転売屋を血祭りに上げることである。



www.amazon.co.jp




Amazonでは一時期50万の転売品が流れていたが、現在マケプレはなにも出品されてない。通報、Amazonの対応で消滅したのだろう*5

転売品を見つけた片っ端から通報。
転売屋を抹殺し生活が立ちゆかなくなって死んだ奴らの首を店舗の外に晒して怯えさせるのだ。

それが誰もが幸せに商品を手に入れる確率をあげるための近道である。

*1:というか、ゲームハードは全部そう。

*2:そういうのがゲーミングPCとか自作PCの領分だよね。RTX3090を買おう。

*3:いやでも流石にPSNの活動歴と紐付けて抽選させてくれてもいいんじゃな~い!? とは思うよ!!!

*4:記事投稿現在歴代4位! 最も売れたゲーム機の一覧 - Wikipedia

*5:買ってるヤツがいて消えたとしたら頭初期型PS3

二ヶ月ぶりに家を出た

テレワークになって家から出る機会がメッキリ減った。気がついたら二週間家からでてないなんてザラである。そしてこの夏、気づいたら一ヶ月経っていた。
そんなときにふと脳裏をよぎったのが、

「これ……ワンチャン二ヶ月引きこもりの実績を解除できるんじゃね?」*1

というわけで追加でもう一ヶ月引きこもってみた。

二ヶ月引きこもってみての感想……

*1:そんな実績はない

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5分で消費されるのが辛いの意味を勘違いしている人間が多すぎる件について

最近ジャンプ、とりわけキン肉マン界隈を騒がせているのがネットでの漫画感想の在り方を揺るがすゆでたまご(嶋田)先生の発言です。


スクショが撮影されてSNSに流れるのが悲しい、それがしかも盛り上がるラストのページだったので、そこに憤るのは当然です。(そもそもスクショは違法で、漫画アプリでは禁止してるところもあるくらいです)

ただ、それでもスクショがされる、してしまう(俺も!)のは、ひとえに便利だったわけで、二次創作のようにグレーとして大きな罰則があったわけではなかったのですが、それがキン肉マンに関しては明言されてしまいました。
それだけなら問題なかった(当然の権利です)のですが、今回はそこに集英社が足並みの揃ってない雑なのっかりをして「そもそもどこまで感想で本編に触れるのは許容されるのか?」とジャンプ漫画全体に議論が波及されてさあ大変……。

といったところですが、
とりあえずこの記事での主題はそこではありません

こちらです。




この5分で消費を5分で読了の意味と勘違いしている人が見受けられ、マジで驚愕したという話。
しかもキン肉マン騒動をブログで総括的に纏めてる記事ですらその有様(まあ誰が書いてるか見たらお察しでしたが……)……。

というわけで、そもそも「クリエイターが消費って言葉を使ってるときの意味」って、マジで読了時間とは別のはずですよ……。

今回に関してはかなり確定的なのですが、ゆでたまご先生のお気に入り欄を見れば「5分で消費を読み終わると勘違いしてる人がいる」旨のツイートをLikeしているくらいです。

っていうか、発端になってるゆでたまご先生のツイートと地続きで考えれば、5分で消費が5分で読了になるわけがないんですよ……。(だいたい漫画読むのにそんな時間かかるわけないなんてベテラン作家が理解してないわけある……? ジャンプ読んでなきゃ翌日の話題についていけないことを知っている世代だぜ……? 1話5分以上かけてたら雑誌一冊にどんだけ時間かかるんだ)

漫画も小説も読まれるものなので、本来の機能を果たすことを指して「消費」とネガティブに苦言を呈しません。基本的に。*1


消費とは、要するに作品が本来の機能を果たさず、茶化され、一過性の話題として使用される現象でしょう。
PVネタを面白がってネタにされた結果肝心のゲームが軽んじられれば「消費」だし、
エロ同人は買うけど原作はノータッチならキャラと版権の消費だし、
Twitterの結末スクショだけ見て「ふーん良いじゃん」するのもまあ消費だし、
「5分で消費されたくない」の発言だけ見て「じゃあ5分で読み終わらないものにしたらw」と揚げ足取りするのも消費ですよ。


消費の最悪なことは、このツイートへの揚げ足とりに見受けられるように、その発言がでてきた文脈、文意が伝わらず、このような素っ頓狂な発言がでてきてしまうからです。

同じことが作品でおきたら、そりゃあ生産者はキレますよ。意図が伝わらねえと。「おまえの中ではそうなんだろうな」ってそういう意味じゃねえよ、と。*2それは作品を受容する読者の自由な選択の結果ではなく(読者じゃない)、さらに読者の楽しみを奪うことにすらなりかねないわけです。
作品を蔑ろにされ、本来想定した読者層の不利益すらあり得る。怒ること自体は当然です。

ジャンプ編集のバックファイアを完全に無視して、上記の2ツイートを同様の問題として解釈すると、ゆでたまご先生の意図は一貫してこうです。
「ちゃんと作品を読んでください」
「なので、重大なシーンのスクショをして他の読者の体験を毀損しないでください」

ここに「ゆではWeb読者を軽んじているのか!お情けなのか!」とか、まあヒステリーも大概にせえよといった感じですね。


以上、消費と読了を一緒くたにしてSNSで刹那的に反応しているだけの読者未満の人間に苦言を呈されているのであって、話題の文脈を読まずに冷笑的に揚げ足とりするインターネット反論仕草はそもそも作品に拘りある人からしたらクソだよねって話でした。

――――――――――――――――――
っていうか普通にゆでの「Web読者軽んじ説」とか色々と「そんなこといってる?」って感じの解釈とか色々見るとあれなんですよね。

Twitterなどのオタクインターネットの常識でインターネットネイティブじゃない人の行動を解釈しすぎなんでしょうね。

リプライがあって、例えそれに同意しなくても、相手が好意を前提にしてたら「ありがとうございます」と礼儀として反応したり、ふぁぼだってするでしょう。
そもそもゆでのふぁぼ欄を見たら「いわんとしてることはわかるけど、これで日曜日の盛り上がりが今後も続くと思ってるのだろうか?」という問題提起にすらふぁぼしてるので、ふぁば=自分に肯定的な意見のみ集めているわけではないんですよね。(この記事でも引用してるけど)
そういった真摯に対応するムーブすら曲解と不安の種になるんだから、インターネットに汚染されすぎてると性悪説で動きすぎるからさらに悪化してるよなー、という感じ。

まあジャンプ編集があまりにお粗末なムーブ噛ましてなければもっとマシだったと思うけどな!!!!!!!!!

本当よりよい着地点にたどり着いてくれればいいなと思うことしきりです。二次創作のようなグレーゾーンになっていた問題に手をどこまでいれるのか、黙認ベースになるのか、ガイドラインが引かれるのか。
当然の権利を行使した結果がパッシングと勘違い大喜利の嵐にならないことを切に祈りますね。

*1:そういうことをしたり、読むのに労力をかけて読者を試すような作家にはそもそも近づいてはいけません

*2:少女ファイトの有名な1コマ。あちらの作品で作者が定期的に「そういうシーンじゃない」旨をツイートされてます。

ゲーム実況はゲームを腐らせる

ゲームのプレイ動画の配信はアングラ文化から、いつしかゲーム機にも機能として搭載されるほどに市民権を得た。文化とはアングラから一般化する過程を得るのだから、ゲーム実況は正しくその文化を得たと言える。
自分も見ることはある。あのゲームをどんな風にプレイするのか、とかどんな感想を持つのかが気になるし、ゲーム散歩という企画は専門家にゲームを見せてコメントを貰うのが新たな知見を得られるのが楽しい。fpsやシミュレーションなど、プレイスタイルを見ることそのものが楽しいものもあるし、個人的に好ましい文化だ。


しかし、そのうえでゲーム実況とはゲーム体験を腐らせる文化だ。
そのことを正しく理解していたうえで受容と発信をしているなら、それは当事者の判断なので問題のないことだが、最悪なのはゲーム実況でゲームを楽しめると思っている人間が多いことだ。


ゲーム実況でゲームの面白さなんて判るわけないだろ目を覚ませ。


何故ゲーム実況でゲームを楽しめないのか。映画を家ではなくスクリーンで見ろと同じようなものか? と疑問が浮かぶかもしれないが、そもそもの話、ジャンルが違うのだ。
アニメや映画は受け手が受動的に受け取るものである。なので環境が変わっても、意図するところの変質は最小限ですむ。
しかし、ゲームはインタラクティブなメディアで、つまり能動的に干渉するメディアである。
だからこそプレイには教養や知性が必要とされて受け手の数が制限される代わりに、他のメディアにはない「体験」のデザインに受け手を巻き込むことができるのだ。


※元・任天堂の人が執筆した体験デザインの本。名作The Last of Usの体験デザインが如何に優れているかを解説している。


映画で主人公がヒロインを殺す必要が迫られたとき、それは他人の決断である。
だが、ゲームの中でなら、その選択は主人公を通して貴方に強いられた選択である。
物語がたった一度しかない人生への反逆のために生まれたのだとしたら、ゲームはプリミティブな欲求により深くタッチしてプレイヤーを巻き込んでいる媒体だ。


その能動コンテンツをゲーム実況は受動コンテンツにコンバートし、それは当然コンテンツの劣化を意味する。
配信者がそれに自覚的であれば損失されたデータ分を補填しようと反応で補ったり、解説したり、別の情報を与える。自覚がなければ、ゲームというコンテンツに寄生するだけになる。
視聴者はプレイ動画で内容を十全に理解するのは不可能であり、精々3割程度の面白さしか理解できないものと心得るべきだ。そうであれば、プレイ動画だけを見て訳知り顔に内容に触れたりなんて恥ずかしくてできないはずだ。



例えば、The Last of Usというゲームは物語のデザインに非情に優れていて、続編ではキャラのとる選択、演出の間ひとつひとつがプレイヤーの心を痛めつけてくる。だからこそ、そのうえでたどり着く結末が胸を打つ。
例えば、Ghost of Tsushimaなら光の道を歩んでいた侍が闇の道に落ちていき、致命的な決別を経ても人のために戦う決断をする流れにプレイヤーを巻き込む。



これらは、見てるだけでもある程度はわかる。ただ、それは頭で理解するだけだ。何度もいうように、ゲームはプレイヤーを巻き込む。自分が歯を食いしばって進めなければ続きが見えないから、必死になって食らい付くことになる。その感情の動きのコントロールこそが、ゲームの真髄なのだ。


そのことを理解しない配信者や視聴者は、この世にある様々なゲームというコンテンツの価値を明確に腐らせる。自分単体で己のコンテンツ性を担保できないyoutuberが、「自分の面白さorかわいさアピール」をするためにゲーム実況をして収益を公式に収めないような恥を晒すことになる*1


そうならないために、ゲームプレイとゲーム実況の視聴はまったくの別物であることだけは絶対に胸に止めておいてほしい。本当にわかってたりコンテンツに敬意を持ってる配信者はストーリー主体ゲームで最後までやらずに「自分の目で確かめてみて」と促してくれたり、なんらかの方法でゲームを尊重してくれるし、自分が好んでいる配信者はみなコンテンツに敬意を持った素晴らしい人が多くて本当に嬉しい。(ちなみにダメな視聴者は最後まで見たいとかごねる)
間違っても、アクションゲームを見て「俺でもできそうwww」ってエアプ自慢をするような恥を晒すことだけは、己の株を下げないために辞めるべきだ。


ところでラスアスとか感情の体験デザインが完璧のゲームをゲーム部分RTAとかでもないのに実況する配信者、ゲームを楽しむ才能なさすぎないですか???

*1:某v集団のこと

おまえは今すぐGhost of Tsushimaで伝説となれ

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結論から言うとGhost of Tsushimaはマジで傑作だったので早急に購入し優勝を越えて伝説となれという話をします。

何故ならこれはプレイできる時代劇としての現時点最高峰である。名誉ある死を奪われた侍が修羅の道に落ちていく様とスニークアクション、このストーリーとシステムが完全にあわさることで現代的なゲームシステムに侍を落とし込むことに大成功しているからだ。
侍が好きだから、日本文化が好きだから……だけではなく、日本の精神性や文化を尊重したうえでモダナイズされたお話を展開しているのである。


巷では気軽に「トンデモ日本」や「これでは侍ではなく忍者」、「所詮は海外が作った日本文化」と揶揄されることもあるが、それこそ「トンデモ」言説であると断言できる出来だ。ゲーム性とテーマ、コンセプトを無視し「リアルじゃないから」と批判するのは容易い。リアルは殴り棒として優秀である。リアルはお手本なのだ。けれど、リアルを殴り棒にする人間は、総じてリアルに寄せることが正しいかどうかに無頓着である。


日本刀で銃弾を切る人間が出ていたら「現実じゃありえないw」と茶々をいれるのか? 人型ロボットを見れば「こんなの動く的w」と言うのか? ウルトラマンを見て「街を一番壊してるのはコイツじゃんw」と言うのか? まったくもってナンセンスだ。


日本人は近代ヨーロッパと中世ヨーロッパの区別が付かない。中世ヨーロッパには国という意識は国民にはなかったそうだし、日本人が「中世か?」と言うときは大概はより未来の事案を参照している。Web小説ではナーロッパと揶揄される独自のヨーロッパ観が共有されている。


だが、それでいいのだ。


リアルを見たければノンフィクションを見ればよい。自分たちが見たいのは面白いフィクションであり、ありえない出来事だ。窓からうんこを捨てる西洋文明なんて見たくないから部分的に不採用にするし、後世の文化だけどあった方が見栄えがいいから採用する。それでいいのだ。


その観点でいえば、Ghost of Tsushimaは現実のリアルではなく、作中世界観におけるリアル(リアリティレベル)を完全にコントロールし、物語を始め、着地させた。当人たちは自覚のうえでだ。
スタッフは日本文化を調べ、そこに自分たちのやりたい、そしてこちらの見たいものをトッピングした。トッピングの理由付けも作中でおこなった。それがすべてだ。そこに現実はベンチマークとして介在する余地はない。


本題は、このトッピングの仕方の秀逸さである。
ゴーストオブツシマでは、対馬の地頭である志村家の甥として育てられた男、境井・仁が主人公である。両親を失いながらも伯父に育てられ、将来は志村から家督を継ぐことを期待された、光り輝かんばかりの道を進む侍である。
だが、彼は蒙古との戦で大敗し、志村は虜囚の身となり、自分ひとりが戦場で生きながらえてしまった。しかも、夜盗に助けられるという形でだ。


正々堂々とした戦いでの死は誉れである、といった価値観で生きていた仁は、しかし自分が死んでしまえば伯父を助ける者がいなくなる事実に直面する。対馬も蒙古に征服されてしまう。
これまでどおりの戦いではいられなくなった仁は、自分を助けた夜盗・ゆなの提案のまま、蒙古兵を背後より暗殺する……。


こうして、侍が卑劣な手段を用いることで日陰の道へと落ちていく導線が実に見事。


さらにシステム上での後押しも素晴らしい。

ゴーストオブツシマでは一騎打ちというシステムがあり、戦闘状態にない敵陣に一騎打ちを仕掛けることで一対一の戦いをおこなうことができる。一騎打ちでは敵を一撃で撃破することが可能で、最大3人(後半は装備により5人)まで連続で斬り捨てられる。
耐久力は無視で即死なので、序盤のうちは積極的に一騎打ちで敵を殺すことができる。誉れある侍としての戦いを続けることができるのだ。

しかし、中盤にさしかかれば敵はどんどん強くなる。一騎打ちの際にフェイントをかける、単純に素早い攻撃で敗北する、と一騎打ちの難易度が高まる。一騎打ちとは実力比べであり、実力が伯仲すればするほど勝つのは難しくなり、かつ一対一でも負けるかもしれない相手軍団とひとりで戦わねばならない……。

そんな窮地に立たされて、ついに直面しなくてはいけないのが暗殺だ。そして、これは人数制限のない即死行動である。


強敵がいれば誘き寄せて暗殺し、建物の中に入っては暗殺し、敵の集まりがあれば爆弾を投げ込み一網打尽にする。
最終的には、一騎打ちの有効性は変わっていないのに、プレイヤーもそれを使うことがなくなってくる。そんなときにストーリー上で仁は、偉大なる人物にこう言われるのだ。


「それは誉れある戦いではない」
「夜盗だ」


と……。
このバランス調整とストーリー展開のリンクが見事であり、没入感のある濃厚な時代劇を最後まで堪能することができた。
さらに、敵を殺しているのだからよい、誉れなど浜で死んだわ! と思う我々プレイヤーに対しても、アンチテーゼ、行動の代償を突きつけてくる様も無情感があり大変によいものだった。


さらに海外では忍者が大人気だが、忍者を最後まで名前すら出さないのがすばらしい。そのうえで暗殺をする仁の行動自体に忍者的な要素をくわえることで、侍系でありながら忍者の要素も盛った「日本時代劇見たいモノ全部乗せ」を実現したのだ。


真面目な侍像、手段を選ばぬ侍像、どちらも立て、落とさない。これは文化への敬意、挑戦心、知識がなければ間違いなくできぬものである。そこに冷笑的な現実にはこんな武士は……などといった指摘が入り込む余地はない。この世界は時代劇で、こういった種類の侍のいる世界であることを前提にしているのだ。この前提条件を読めないならもはや再現Vか大河ドラマでしか時代劇を楽しむことは不可能だろう。



ストーリーは面白く、システムは接近戦から暗殺まで申し分ない。装備によっては弓だけで敵陣を全滅させるプレイから気力の回復効率を上げて次々斬り捨てる、音もなく暗殺していく、といった自由度も高い。
グラフィックは現代における最高峰であり、オープンワールドでありながらどこを切り取っても綺麗な濃密さ。
狐や鳥に導かれて目的地に到達する雅な要素から、短編時代劇を見ているようなサブクエストに、写真を撮りたくなってしまう機能満載のフォトモード。


なにもかもが高水準でまとまった、色物ゲームに見えるガチのソフト。
それがGhost of Tsushimaだ。


発売十日でトロコンしてしまうようなオープンワールドゲームは、後にも先にもこのゲームだけの気がする。
ハイクオリティな日本の風景を冒険できるオープンワールド時代劇Ghost of Tsushimaは、時代劇を知らなくともジャンル自体に興味を持ってしまいたくなるほどの傑作である。

ステイホームなこの夏は、Ghost of Tsushimaで対馬に行こう。
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【PS4】Ghost of Tsushima (ゴースト オブ ツシマ)

【PS4】Ghost of Tsushima (ゴースト オブ ツシマ)

  • 発売日: 2020/07/17
  • メディア: Video Game
Ghost of Tsushima Launch Edition(輸入版:北米)- PS4

Ghost of Tsushima Launch Edition(輸入版:北米)- PS4

  • 発売日: 2020/07/17
  • メディア: Video Game

日本最古のインスタグラマー境井仁のススメ【Ghost of Tsushima】

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自撮りのお悩みあるところ!
インスタ侍ただいま推参!!!


Ghost of Tsushima、面白い以上にフォトモードが話題ですね。自分もフォトモード起動してる時間の方が長いかもしれません。
しかしながらフォトモード、国産ゲームにはほとんど搭載されていません。そのため、話題になったから購入したはいいもののフォトも撮り方がわからない……。とガッカリしてしまう人もいるでしょう。っていうかアサクリやってるときの自分がそうだった。

昔はフォトモードなんて搭載されている意味がわからなかった……。

……がっ!!!

なんとなくコツを掴むと途端に写真が楽しくなる!!!

というわけで、フォトモード完全初心者向けの簡単にクオリティを高くする講座記事です。


これが…………
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こうなる!!!
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そんなお手軽技です。

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オタクは9割間違う? 感想の書き方

オタク一般人の感想で一番の違いといえば、自分の趣味に対して技術的な言及をすることじゃないですか?

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たとえば一般人なら音楽を聴いて「これ好き~~~」と「わかるぅ~~~~」と言うけど、ちょっとオタクの毛がある人なら「このバンドのギタリストの高速連弾すき~~~~~」とか技術に対して言及し始めるし、そうでなくても「このスリーピースバンドの耳に突き刺さるような高音好き~」とか対象を具体化(細分化)して明確にしていきますよね。

「これすき……」しか言えないとか本当に好きなの? 感情と感覚でしか判断できないって流してるだけじゃない? 語彙力足りなさすぎない? 解像度低すぎない?

好きなだけではダメ、どうしてそれが好きなのか具体的に言いたい。あるいは詳しくなって結果的にそうなってしまう。
それがオタクあるあるだと思います。

……が!





本当に大丈夫!?





それ……ただの知ったかぶりおじさんになってない!?





それが本当に自分の言及していいことか判ってやってる!?




昔のインターネットは詳しい、好き者がやっていたものですからコンテンツが絞られ、結果的に正しく技術言及がされていたかもしれません。
大学やディスカッションなど一定の知識があり、受容側と供給側の所属分野が同じ場合も大丈夫でしょう。

ですが現代のインターネット人口は多種多様な人間にあふれ、その結果、知識量も立場もカオスになり、人の表面的な「技術に言及しているかっこよさ」を模倣する人々で溢れかえってしまいました。
9割が見た目だけを真似です。

これが9割の人が感想を間違う元凶です。




そして言うだけで恥を掻く言及というものがあります。
インターネットで感想をつぶやくとき、あるいは伝えるとき、これだけは抑えておきましょう!!

  • 創作技法について触れる
  • 作者を語る
  • まとめ:嘘ない感想の書き方
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