娯楽三昧

迷宮式娯楽三昧・全年齢版

鬱じゃない! 米澤穂信『ボトルネック』の真実 ――感想と考察

『聞いて。 思考に限界はない。キミにだって。─ ─ 想像して!  あの娘が本当に望んでいるのは何?』

米澤 穂信. ボトルネック新潮文庫

ボトルネック(新潮文庫)

ボトルネック(新潮文庫)

  • 作者:米澤 穂信
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/11/28
  • メディア: Kindle


米澤穂信と言えば日常ミステリ、それが自分の中の印象だった。
古典部から始まり、小市民シリーズを読んで、ベルーフや折れた竜骨を読むようになって、ああ違うのも書くんだな、と認識変わっていった。
それでも自分の中では日常ミステリの書き手で、つまりボトルネックを読み始めたとき、これはいつものモラトリアムの過剰な自意識を持った少年の物語なのだなと思った。

とんでもなかった。
これはジュブナイルで、ミステリで、SFで、それらの皮を被ったホラー小説でもあった。なんだこれは。

ただひとつ問題点があるとすれば……

漁っても漁ってもこれは鬱小説ですという人間が多いことだよ!!!!

いや、これは事実です。鬱です。最初はクラクラしました。でもこれはそれだけじゃない、いつもと同じ、モラトリアムの終わりを告げるお話なのです……。

とはいえそう読めるように作ってあるのも事実。
実際、自分も若い時に読んでいたら鬱だと思っただろう。

現実的な、子供にはどうにもできない家庭と大人の問題という恐怖。死んだ何者かの、いつもと違う風景といった超自然的な恐怖。これらの双方に押しつぶされるような物語に、本を読み終えたときに唖然とするはずだ。
でもちょうど、この本が刊行された頃、自分は16歳だった。けれど、手に取ったときは27歳になっていた。

当時の自分なら――
間違いなく失望の終わりを感じて本を閉じ、主人公の抱く「自分が生まれたことが間違いなんじゃないか」「自分がいない方がいいんじゃないか」と自己否定にただただ同意して、これもありだろうと頷いていたかもしれない。ラストを否定しない作品に感謝したかもしれない。

だが今は衝撃を受けると共に、それでもただ与えられたものを口を開いて受け取る歳ではなくなった。

「思考に限界はない」

その発言を反芻するうちに、疑問点は次々見つかった。

それらから目を塞いで「受け入れる」か「想像力を働かせる」か。
この物語の結末をあっさり納得するなら前者になる。

「どっかに『ああ、勘違い!』みたいなのが潜んでるよ」「……違う?」「なんだろ。根本的な誤解というか思い込みというか、臆断があるみたい。どこかな。ちょっと待ってね、えっと」

米澤穂信.ボトルネック新潮文庫

勘違い!
最期のページを見直してから、
暗がりの中の昏い光を頼りにして、『もうひとつの結末』を探すことにした。

というわけで、この記事は巷で解釈されているパラレルワールド説すら否定しつつ、別のエンディングを考察するものである!

※以下ネタバレ


リョウのいない世界とは

リョウのいない世界(以下、サキ世界)はパラレルワールドと呼ばれている。
作中でもそうだし、ファンの意見を探してみても圧倒的にパラレルワールドとの理解だった。
しかし、そうだとするとおかしなところがある。

あの世界には死人しか登場しない。
あるいは、リョウに面識のない人間しか登場していなかった。
さらに、リョウの両親ですら登場しない。電話だけの登場で、しかも声すら聞くことはない。

そのうえで、何度も何度も繰り返される死の予感がある。

 駅前広場を高く 覆う、金属パイプの 天蓋。そしてDNAのようにねじれあった柱が支える、木製の巨大な門。おそらく、観光客を出迎えるための門なのだろう。駅に降り立ち、観光地という非日常に足を踏み入れる観光客を迎える、見上げるような門。……しかし、いまから金沢を出ようというぼくに、その門は何か別の、異様な印象を与えた。この門をくぐることに一瞬、ためらいさえ覚える。あるいは、単に巨大な構造物へのいわれのない恐怖のためだったかもしれない

米澤 穂信. ボトルネック新潮文庫

 車両には、割に人が乗っていた。四人がけの向かい合わせの席が並んでいて、ほとんどの席には一人か二人、座っていた。ざっと見まわすと老若男女揃っていて、中にはぼくやサキと同じく、高校生ぐらいの子も何人かいた。奇妙なことには、それらの乗客はみなしんと押し黙って、動き出した車内には列車がレールの継ぎ目を踏む音だけが響いていた。ぼくたちもまた、四人がけの席を二人で占める。そして、車内の不思議な沈黙にまるで頓着せずに、サキが明るい声を上げた。

米澤穂信.ボトルネック新潮文庫

 しかし、ぼくが激情にかられそうになったのはほんの一瞬。フミカが、構えたときと同じようにゆっくりとカメラをドラムバッグの陰に戻すのを見ながら、ぼくはどうでもいいような心持ちになっていた。好きにしたらいい。……どっちみち、ぼくはこの世のひとではない。

米澤穂信.ボトルネック新潮文庫

この門はダンテの神曲を思い起こさせるし、列車はあの世へ行く案内のように思える。
そもそも、学校のある時間帯に学生が何人もいるのが異常だ。

川守という少年の存在も非現実さに拍車をかける。

この世界は死後の世界ではないか?
さらに、サキ世界にはノゾミの母親の所在が明らかになっているとの一文がある。この差違はなんなのか?
本編を読み返すと、リョウは「ノゾミの母親は家出した」と認識している。だがノゾミは「もう帰ってこない」と言っている。どこにいったか判らないのに帰ってこないのは判ってる。

こんなの自殺してるじゃねーか!!!

それでここは死後の世界だから自殺せず家を出ている。これでは?

サキの名前の元は「月足らずで生まれたから」だそうだが、それなら「ツキ」になるんじゃないか? 露と消えたのツユと名付ける親なのだから。
自分には、「先に死んだ」からサキ、と呼ばれているように思えた。

唯一の生存者

読み返して検討しているうちに、ギョッとする一文を見つけた。

 金沢の隣町、野々市にさしかかる。そういえばフミカはこの町に帰ったはずだが、サキじゃあるまいし、まさか駅で待ち構えているということもないだろう。

米澤穂信.ボトルネック新潮文庫

初見では完全に読み流していた。フミカの住まいを明確にするだけだと思った。
けれどラスト、

 ただ、ひたすらに恐ろしかった。肌に響く怒濤も、耳を切る冬の風も、松の間の暗がりに潜んでいる何者かも恐ろしかったけれど、ぼくには曲がりくねった遊歩道が一番恐ろしかった。

米澤穂信.ボトルネック新潮文庫

おるやんけ!!!!!!!!!



明確になにかおるやんけ!!!!!!!!!



そうなのである。
本編中でフミカだけが生きている人間のまま登場しているのだ。


グリーンアイド・モンスターの正体

そうすると見えてくるものがある。
グリーンアイド・モンスターの正体を、勝手にノゾミと思い込んでいた。
これこそ憶測では?
そもそも、グリーンアイド・モンスターは緑色の目をした怪物である。
けれど、本編中で緑に言及された箇所は二箇所しかない。

エメラルドグリーンのマフラーをしたノゾミと、
緑色の目をした黒猫である。

前者はグリーンという単語を含んでいるが目ではないので白よりの黒だとして、
後者の黒猫は要件に対応する。が……。

本編中で黒猫は主人公にそっぽを向いて歩き去っている。

嫉妬の怪物がこんなことするか???

ふつう、憎い相手を苦しめるなら近場で見るにきまってる。なのに興味なさそうに去って行った。

なら緑の目とはなんだ? グリーンアイド・モンスターとはなんだ?

そうやって悩む。悩むうちに、ふとグーグルの画像検索をしてみた。

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ウワッッッッッ

緑色じゃねーか!!!!!!

そういえばカメラのレンズとは反射防止コートの関係で緑色になることがあるらしい。

そしてカメラといえば――

 しかし、ぼくが激情にかられそうになったのはほんの一瞬。フミカが、構えたときと同じようにゆっくりとカメラをドラムバッグの陰に戻すのを見ながら、ぼくはどうでもいいような心持ちになっていた。好きにしたらいい。……どっちみち、ぼくはこの世のひとではない。

米澤穂信.ボトルネック新潮文庫

いまが夜で、フラッシュが焚かれなければ、撮られたことに気づきさえしなかったかもしれない。

米澤穂信.ボトルネック新潮文庫

うわああああああああああああああああああ!!!!!!


物語ラストは夜で、撮影されていても主人公に感じ取る術はない。

なので、川守が示唆していることは、
グリーンアイド・モンスター=フミカ
なのだろう。

フミカはストーキングも辞さないのは本編で明らかで、東尋坊はフミカの家の方が近い。
主人公は命日の間際にやってきた。
命日はおそらく日曜日だろう。
サキの発言で「土曜日に旅館にとまった」とある。次の日にフミカが鎖に座らせようとした、主人公の帰還は月曜日だった。
フミカは日曜日から張り込んでいたのか、それとも主人公が落下した原因すらフミカなのか。

ともあれ、この物語の根幹にいるのはフミカなのは間違いないだろう。

ノゾミのイチョウの真相

主人公はイチョウの木の話を思い出す過程で、ノゾミは金の問題で老婆を呪ったと解釈していた。
しかし、本編でノゾミは金の問題などと口にしていない。
そもそも、ノゾミは金に困ってなどいないからだ。

主人公はノゾミが金に困っている根拠に「華やかじゃない服装をしている」ことをあげていたが、この物語を読み進めばわかるが、これは主人公の模倣の一環である。主人公の服装描写には「白のカーゴパンツ」と書かれている。カーゴパンツといえばカーキのイメージがあるなか、わざわざ白である。
なにより、サキ世界のノゾミはエメラルドグリーンのマフラーなんてしている。服装は根拠にならない。

第一、破産しているのに借金もなにもあったものではない。旅行にいけるだけのお金もあるのだから、お金のせいで彼女は不幸になったのではない。母親がノイローゼになって、おそらく自殺したからこそ困っているのだ。精神の問題だ。

だから金よりも大事な思い出のあるイチョウの木を持つ老婆に対して「死んじゃえ」と口にした。自分にはそんな思い出はないのに、と。そちらにフォーカスを当てていたように思う。

また、イチョウの木の会話では別の点もある。

ノゾミは青空が見たいと望んでいたこと、主人公には誤解されたくないと思っていたということだ。
特に後者が重要になる。後述する。

主人公を死後の世界に招いたのは誰

ツユかノゾミ。
ノゾミがわざわざ突き落としてから再度自発的に落とす理由はない。わざわざ後悔のプロセスを与えないといけないほど恨みをもっていない。
ここでは呼んだのはノゾミ、主人公の手助けをしたのがツユ(サキ)とする。
手助けとはノゾミの願いを叶えること。内容は後述。

果的に考えること、想像することを理解させられた主人公は、現実の悪意と対決する。フミカである。
これはノゾミvsツユの構図ではなく、フミカvsノゾミ&ツユの構図なのかもしれない。


サキは落ちたポッキーをひろった際に「三秒ルール」と発言し、しかし元の場所とは違うところに置いた。
主人公が帰還したのも三日目。
そして違うところに置いたということは、短い間でも変化は避けられないということ。
ラストの主人公は、今まで通りの主人公ではいられないことも示唆している。

三日間の真実

最初に読んだとき、主人公はノゾミに呪い殺されるようなものだと思った。今は違う。
そもそも、ノゾミが呪うべきは主人公よりフミカではないか。
ノゾミは主人公にこう言っている。
「誤解されたくないな」

サキは、誤解されたくない、という願いどおりに主人公を導く助けをする。
主人公の性格を把握したいなら、それは兄に対する主人公の言及を見ればいい。それはすべて主人公にも当てはまるからだ。
主人公は兄に対して、サキの明らかな嘘を見破れない、他人への興味なんてその程度だという旨を話している。これは主人公にそのまま当てはまる。
主人公はノゾミに対する認識を、サキとの会話でどんどん払拭されていく。これは他人への興味なんてその程度で、嘘を見破れていないのは主人公も同じであるということがわかる。

その最もたるものが「ノゾミは自殺なんてしない」。実際自殺はしないが、それはノゾミが傷ついていないことを意味しない。
彼女は常に苦しんでいたはずだ。受け入れてなんていなかった。だから「生きていたくない」と思っていただろう。その感情を模倣先である主人公にも理解してほしかった。お互い、自分たちを傷つけられるのは「夢みたいな理由だけ」と言ってるんだから、こういった動機もありえる(ここはちょっと論拠弱いけど)。

で、やっとそう言って貰えたから現実に返した。

物語開始時点の主人公の、ノゾミの死は事故だという誤解はなくなった。
そして、主人公はノゾミが死んだことで喪失感を味わっているが、なにを隠そう、サキ世界でノゾミを救ったのは主人公がいたお陰だ。そうでなければサキもあそこまで考え至ることができなかった。
ノゾミは二度目の死から救われた。二度目の死を与える錠剤は○の中に△が書かれているもの。まるで呪いのシンボルだ。
睡眠薬を夢の剣と呼び、言われるままに捨てた主人公は、ノゾミを救えなかった出来事を克服したととれる。

主人公は今回の出来事で後悔に対するひとつの決着をつけることができ、ノゾミは誤解を解くことができた。

メールの送信者

あれは自然と母と解釈されているが、疑問がのこる。
そもそも母はメールを使えないのではないか。
メールアドレスをしらないからだ。

論拠として、
・冒頭、母と主人公は電話で話している
・母は父にも電話で通夜の連絡をする、と地の文で示唆されている(憎い相手なのに!)
・主人公の携帯は型落ちらしい。通信(おそらく赤外線)が使えないので交換が面倒だそうだ。
・なので、作中で主人公の電話番号とアドレスを明確に知っていると書かれたのはサキだけである。
・冒頭で、母はハジメとリョウと父の名前を呼んでいない。
 作中でサキとリョウも「キミ」と「あんた」呼びをしようと話している。名前を呼ぶことは重要なのだ。
・失踪から三日経って、なぜあのようなメールを送るのか。普通は月曜なら学校も始まっているから、捜索願くらい出されているはずだ。
・そもそも作中でリョウと呼んだのはサキだけ(バスが出るので呼び止めるシーン)

以上のことから、あのタイミングで母親がメールを送ることはない、と考えている。アドレスを持ってないし文面も母のものではないから。
そもそもこの一文がメチャクチャあやしい。

「……まあ、何かの拍子に直るんじゃない? とりあえず、番号とメアドは教えといてよ」 それは構わなかったけれど、通信ができないのでサキはそれらを一文字ずつ自分のケータイに登録した。それがあまりに面倒そうで、ぼくはサキのデータをもらわなかった。サキは変な笑みを浮かべたけれど、何も言わなかった。

米澤穂信.ボトルネック新潮文庫

連絡先教えてよ、ではない。番号とメアド教えてよ、である。
メチャクチャ強調されてるじゃん!!!
そもそもこの変な笑顔って何?
と色々想像ができる。
アドレス帳がスカスカとか、メールが全然ないとか……。

となると、メールの送信者はサキであると考える線がでてくる。

恥をかかせるだけなら、二度と帰ってこなくて構いません

ここまで考えてきて、もう一度この文章に立ち返る。主人公が笑った文章だ。
「恥をかかせるだけなら」……これは「恥をかかせるばかりなら」とは違う。「もし仮に、それしかできないのなら」ととれる。そのままなら、二度と帰ってくるな。
「もう帰ってくるな」ではなく「二度と」なのが絶妙である。二度目はないぞ、ってことだから一回しか行ってないことに対して言っているととれる。つまりあの世に行くこと……つまり死である。
これを翻訳すると、
サキ「自殺なんてしてわたしたちに恥をかかせるだけなら、二度とこちらの世界に来ないでください」→「生きろ」

この段階でフミカが見たかった表情は「絶望」なのに、主人公は微笑んだ。姉の辛辣な発言で、ついに主人公はフミカの思惑を打ち破る方向に進むことにした。
サキの発言が母を彷彿とさせるにも、主人公がなんとなく答えている。サキだってなにかを真似して発言することから避けられない、と。
サキは母の発言を真似しているのだ。そうすると、冒頭の母の台詞は、どことなくサキに似ているように思える。

ボトルネックの真実

ボトルネックを排除しなくてはならない。これは主人公の呪いだったが、そもそも即座に地の文でこう書かれている。「優れたものを小規模に模倣することがそんなに良いことなのか?」
さらに、ボトルネックはシステム全体の効率をあげるために排除しなくてはならないもので、主人公はイチョウの木のエピソードで全体主義に反発している。
主人公はそもそも、誰かたちのために自分を犠牲にするような人間ではないのだ。

なのに主人公はすさまじいものを見せつけられて、自分がボトルネックだと思った。
けど、最期のメールがサキからだとするなら、話は変わってくる。
サキ(わたしたち)が死後の世界から拒絶するということは、つまりサキやノゾミたちへの負い目からくる贖罪を拒絶したということだ。そんなことならこっちには二度とくるな、と。
主人公の人生から、サキとノゾミがボトルネックとして排除されたのだ。
辛い思い出こそがボトルネックで、ハジメのような凡庸な人生を歩んでいく。遠く懐かしい、サキたちと過ごせた故郷を遠くに思い、乞食に身をやつしてでも生きていく。
それが主人公の人生で、それによって憎いフミカの思惑をも打ち破るのだった……。



……という解釈になりました!!!!!
おそらく最期に3つの視線があり、うちふたつが陸地でないのはサキ(ツユ)、ノゾミであろうかなと思います。

疲れたので後半散文なんですが、いやそれにしてもすごかった。読み返すたびにADVをプレイしてループしてるような気分。何度も見て、見て、そのたびに結末が変わっているような読後感。
正直、これだけ考えてもハッキリしていないことはあります。

川守って誰?(ノゾミとしたのとにたようなやりとりをした意味は?)
母が膝を怪我しているらしいのはなんで?
なんでサキとツユで名前が違ったの?
よもつへぐいの問題はないの?
サキが椅子の雑誌を見ていたのはなんで?

これらのことも、もしかしたら読んだら判るかもしれない。
思考に限界はないらしいのだから。

こんな風に読めば読むほど答えてくれる小説も中々ない。本当に貴重な読書体験だった。
一度ボトルネックを読んだひとは、もう一度読んでみて別の可能性を検討してみるのも面白いかもしれない。
特別になれず、凡庸なりに生きてきたモラトリアム以後の人間なら、きっと新しい何かが見えるかもしれない。そうでなければわたしたちの……。

ボトルネック(新潮文庫)

ボトルネック(新潮文庫)

  • 作者:米澤 穂信
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/11/28
  • メディア: Kindle