娯楽三昧

迷宮式娯楽三昧・全年齢版

《映画》屍人荘の殺人に見る大衆の琴線

shijinsou.jp

昨年から公開された屍人荘の殺人の劇場版。
ネタバレ厳禁と告知されたPVを見たとき、自分は「これはクソ実写映画化か!?」と思った。

詳しくはネタバレになるので伏すが、この作品は極めてオタク的なミステリ小説だった。
なので、それを必然的に多くの人間に向けてマーケティングすることになる映画という分野では、茶化しが入るのかもしれないと危惧したからだ。
分かりやすく、安易に、安直に。
映像は理解しなくても進行する。誰にでも見ることができる媒体で、本やゲームとは違う。理解していなくてもみることができる媒体であるから、このような駄作映画化が発生してしまう。

原作と漫画版を既読の自分は戦々恐々としながらも、感想を見ずに映画館に行った。クソ映画を非難するものはクソ映画を見なくてはならない、を標語にしていても、クソ映画だと事前にわかっているものを映画館に見に行くのは二の足を踏んでしまうからだ。

はたして、屍人荘の殺人は名作だった。
どれほどかと言えば、EDで席を立つものがひとりもいなかった。こんなこと、ここ最近では久しぶりのことだった。エンドゲームのときくらいかな……?どうだったかな……。

なので、屍人荘の殺人を未見のもの、あるいは原作のみ既読の方は、以下の内容を読まずに映画館に行って欲しい。マジでネタバレ厳禁なので……。
ネタバレといえどちょいネタバレですけど、まあ自己責任で!





屍人荘の殺人は原作からしピーキーな内容だったが、これがまたかなりヒットした。最初は「何故?」だったのだけど、この映画を見て理解した。劇場版の屍人荘の殺人は、非オタクから見た屍人荘の殺人だったのだ。
これだけなら「ん?」となるかもしれないが、これは悪い意味ではまったくない。ミステリ好きはこの原作の「斬新な推理条件」に目を付け、一般人は「特殊な条件からくるサスペンス」を楽しんだのだ。
この原作には、普通のミステリ小説には中々無い、明確で分かりやすく、万人がハラハラする「サスペンス」がある。謎の殺人犯だとか、仲間の仲に人殺しがいるとか、そういう感情の文脈を読み取らないといけないものではない。核ミサイルが発射されて今まさに自分がいる場所に迫っている、というレベルの万人に理解のできるサスペンスだ。


この分かりやすいサスペンス、追い詰められていく状況、さらに人まで死んでいく。これらが合わさり、ピーキーと思われた原作は、万人受けするミステリ小説に昇華された。

一般人、もとい多くの人間はサスペンスが好きなのだ。
次にどうなるかのハラハラ感。映画では必ずといっていい程ある「引き」の手口。
人間のアイデンティティの問題だとか、予感だとか、そういったまどろっこしいものは、一定の「教養」がなければ受信できない。勉強ではなく、物語の教養だ。
ミステリ読者と一般人は、屍人荘の殺人という本を読みながらまったく違うところを楽しんでいたのである。
これは正直、当たり前のことだったけど盲点だったという意味で驚かされた。


ただし、原作は小説である。小説という媒体は、ある程度の予備知識がある人間が手に取るものだ。映像と違って、どんなに大衆向けでも独自の文脈というものが存在する。雑に言うなら、多くの人間に受け入れられたとしても、それが小説読者というパイの中であることから判る通り、原作小説は「オタク的」なのだ。

ちょっとネタバレをするなら「ミステリオタクの探偵志願者」明智さん、「探偵志願者のワトソン枠」葉村くんなど。前者は「ミステリ好きといいながらクイーンも読んでないのか」だし、後者ならホームズという予備知識がいる。
読者はこれで前者の人物を「めんどくさい人(だけど共感できる)」、後者を「巻き込まれてるけど同じくミステリ好きなのできっと楽しんでる」と文脈を読める。
だが、これを映画で見る一般人がいたら「なにいってるの?意味わからない」だ。

これを映画は、前者を「万人にとって面倒くさい言動をする探偵志願者」、後者を「巻き込まれのチョロい子」として再定義した。
そう、登場人物から映画の内容まで、このような翻案が随所に見られている。

これを「原作無視」とするかだが、自分はまったくそう思わなかった。これはメディアにあわせて、作品の魅力を伝えるための翻訳作業だったのだ。

何故なら、原作の骨子が改編されていなかったからだ。これは、原作の重要な部分を、原作読者と同じ感情の変化を味わって見られるように細心の注意を払って作られているのである。
先程あげた例なら、原作のままでは明智さんの「ミステリ小説に一家言あることで描写するめんどくささ」は、一般人には「ただの感じの悪い人」に見えてしまう。こうではない。「面倒くさいけど憎めない人」こう思わせなくてはならない。

なので、小説で感じた体験を、映画を見た人にも体験させる。この心意気のある改編にグッときた。

だって、最近ではアニメなどもアニオリ展開は叩かれる。なので、例え映像的な面白さが損なわれようが、原作をなぞるのがとりあえず怒られない選択肢になる。
そんな時代でこれですよ。よくぞチャレンジしてくれたといった感じです。

間違いなく、今見るべき実写化映画ですよ。
調理した結果のキャラ性といったところに文句がないかと言えば嘘となりますが(明智さんがアオイホノオ庵野みたいになってるぅー!!!)、でも「その選択に敬意を表するッッッ!!!」という感情が沸き立つ作品でした。

オススメです。是非。


屍人荘の殺人 (創元推理文庫)

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屍人荘の殺人 1 (ジャンプコミックス)

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