娯楽三昧

迷宮式娯楽三昧・全年齢版

【ウマ娘3期】超高級食材を使った普通のアニメ

キタサンブラックという名馬がいる。
競馬とはギャンブルであり、まだまだ後ろ暗い印象を持っている人間は山ほどいるだろう。
それでも、現代人が知っている馬名がふたつある。


ディープインパクトキタサンブラックだ。


ディープインパクトは圧倒的な名馬として、そしてキタサンブラックは愛の感情を持って口頭にあがる。
それは北島三郎というオーナーの人柄だし、血統主義な世界において頂天へと上り詰めた王者としてのキタサンブラックの馬生そのものによるものだ。人の口からキタサンブラックの名がでるとき、基本的に「陽」の気配を持っている。


さて、そんなキタサンブラックを主役にしてスタートしたアニメがウマ娘のSeason3であるわけだが、これが面白い。



面白い。面白いよ。面白い。うんうん、普通に面白い。



普通じゃダメだろうが!!!!!



こんな最高級の素材を使って!!!!!!!



普通の作品になったらダメだろうが!!!!!!!!!!!




と、楽しみながらも毎週「いや、もっと面白くできるだろ……」と怒る日々を過ごしています。



面白いならいいじゃないか、の気持ちもあるのだが、じゃあ1000万の食材を使って1000円程度の料理と同じものが出てきたらどう思うだろうか。

「そりゃ美味しいけど…これ食材そのまま出してくれた方がいいのでは?」「料理することで逆にマズくなってない?」とメチャクチャ残念な気持ちになるでしょう。


つまり俺はウマ娘Season3を見て「せっかくの食材が台無しだよ!!!」とガッカリしてるのである。



とはいえ、俺が競馬を嗜まずにウマ娘も見ていたら、それでも満足はしていたはず。で、ありながら競馬を知ってるだけで「オイオイ……」となるのは、ウマ娘3期がキタサンブラックを主人公しながら、そこに登場するのは「キタサンブラックの名前をしたまったく別のキャラ」になってしまっているからです。






まず、この話をするにはキタサンブラック(実馬)の話が必要でしょう。

キタサンブラックとは、中小牧場のヤナガワ牧場で生まれたサラブレッド。三代続く牧場で、今年の生産者リーディングは22位。あとこの記事を書くにあたりホームページを見ようとしたらリンク切れでなくなっていたという、伝説的名馬を生産した牧場のイメージとやや離れた中堅牧場です*1


そんな牧場で生まれたキタサンブラックは起死回生を狙った期待の一頭……というわけでもなかったはずで、父:ブラックタイド 母:シュガーハートといった血統からもなんとなく想像できます。


ブラックタイドは前述のディープインパクトの兄であり文句なしの名血なのですが、ブラックタイドはトラブルなどにより大きなレースを勝つことなく引退。その後、ディープインパクトの種付け料が高いために代替種牡馬として繁殖入りした経緯があります。ちなみにディープの種付け料は最高で4000万、ブラックタイドは最高で300万。安いときのブラックタイドは50万円というんだからもうね。


母シュガーハートの父はサクラバクシンオーウマ娘では最低レアリティにされていますが、日本競馬において最強の短距離馬の話をしたら絶対に名前がでてくる快足馬ですから、こちらの実績は抜群……ですが、困ったことにバクシンオー産駒は距離が持たない。なにせ1200mで無類の強さを誇った馬です。日本の馬産はダービーの2400mを勝つのが目標なわけで、200mも距離が違えば適性がかわる競走馬の世界において、バクシンオーの距離適性は絶望的でした。


しかもシュガーハート、これが一回も競走馬として走ってないんだから能力がいかほどかわからない。


弟の代替として安く繁殖入りした父。能力の未知数な母と、大舞台を狙うのは不可能に見える血統背景。
生まれる前から能力を期待される競走馬の世界において、キタサンブラックがどれだけ真逆の存在だったことか……。


さすがに誕生してからは牧場関係者はその馬体を評価していたものの、それでも売る相手すら見つからないほどにキタサンブラックの血統背景は絶望的だったのだから世の中わからないものだし、そんな中で北島三郎オーナーがキタサンブラックの目を見て購入を決断したそうですから、もうここまでで漫画の第一話です。


すごくない? まだこの世に誕生して買われただけで競馬場にすら行ってないのにこの文字数ですよ。


ここまで語っておけば最低限充分なので切り上げますので、気になったらwikipediaでも読んでください。事実のほどはしらんが! 異様に小さいシークバーにビビるはずです。なんせ語っても語っても話したい内容なんていくらでも出てくる馬がキタサンブラックであり、「どこに焦点をあててお話にしたてあげようか腕がなっちゃうな~~~!!!」となる極上の素材なわけです。


で、アニメのウマ娘の話に戻ります。


こうして話した内容がアニメの中でひとつでも出てきました?


これが問題の根幹です。


キタサンブラックの話なのに!!!



キタサンブラックの話を全然してない!!!!!!!!!!



いやいや、ウマ娘の内容で血統背景とかできるわけないだろう、なんて話はわかります。最初から期待してない。でも、じゃあ代わりにどうやってキタサンブラックのバックボーンを代替する設定や筋書きにするのかな? に注目してました。
なにもしないとは恐れ入った。


アニメの一期ではスペシャルウィークのお母ちゃんの話をしたし、シンデレラグレイでもオグリキャップの幼少期のエピソードはありました。ですが、キタサンブラックの「期待されてない状況から這い上がっていく名馬」の設定を代替するものはありません。ウッソだろ。



キタサンブラック(実馬)は、あれほどの戦績をあげながら、いざ競争にでても評価されませんでした。
連勝で重賞制覇しても1番人気に支持されることは長いことなく、3歳1月にデビューしたのにはじめて1番人気になったのはなんと4歳の10月。


そこまでの戦績は[5-2-3-1]…1着5回 2着2回 3着3回、着外1回。
さらにG1を2勝、重賞は合計4勝してるわけですから、ずっと第一線で活躍しての圧倒的な成績です。この時点で異常なくらいの強さです。
G1レース、ひとつでも勝ったら場所によってはその地域の牧場が集まって祝うこともあるくらい*2偉大なことなんですよ。
それを2勝してるわけで、しかも菊花賞は一生に一度のクラシック路線、天皇賞(春)*3天皇」とついているのだから名誉じゃないわけがない。


そんなレースを勝ち続けていたのに「まあこのレースで一番強いのは他にいるよね」と思われ続けていたわけですから、いかにキタサンブラックの血統背景が強烈だったかよくわかります。


しかしここからはもうご存じのとおり、その後は1度2番人気になった以外では常に1番人気を背負い続けました。


この、とても成功できないだろうと思われた出自から周囲の評価を実績だけでねじ伏せて、偉大な名馬ディープインパクトの獲得賞金すら上回り、歴代ナンバーワンに駆け上がった馬がキタサンブラックなわけです。出来すぎなくらいのドラマですよね。これほどまでに強いのに、「みんなの愛馬」と称されるほどに愛されるのも納得なわけです。


では、ウマ娘3期のキタサンブラックはどうでしょうか。
残念ながら、周囲を実力で納得させる姿はまったくありません


いるのは、自分の夢を叶えられなかったことを悔やんでウジウジしている女の子です。


実際のキタサンブラックは他者評価をはね除けましたが、アニメのキタサンブラックは落ち込んだ自己評価を持ち直すためにレースをしているんです。
なので、キタちゃんは「目標としているトウカイテイオーのようなレースができなかった」と落ち込んで泣きます。ちなみにその間は前述した実績通り他のウマ娘をねじ伏せているのですが、それでもテイオーと同じことはしてないわけだから高望みして落ち込んでるわけでしょう。


…………贅沢者か!?!?!?!?!?!?!?!?



宝くじの2等賞を当てた人間が「1等賞をとれなかった……私はダメだ……」と落ち込んでるようなもんで、「こ、コイツ……なんて傲慢な悩みをしてるんだ……?」と、正直引いちゃう自分がいます。
しかもこれがダービーでドゥラメンテに負けた直後ならま~だ理解できるのですが、なんと何度も落ち込む。


大阪杯(当時G2)で接戦の末に負けたらしきあとですら、そのことを理由に落ち込んでます。
大舞台でレースした結果僅差で負けたので自信をなくすとか競争相手をメチャクチャ舐め腐ってない?????
記録はとれて当たり前って思ってる????????????????????


こんな相談されてよく周りもキレないな……。



アニメのウマ娘はどうやら現実の競馬における「人気」を反映しないようなので翻案したのでしょうが、困った事にそのやり方が「他者評価」を「自己評価」にすげ替えたせいで、正反対の人格になっているわけです。



でも不思議なことにウマ娘って歌って踊るわけなんですよ。じゃあ必然、そこに人気の差が存在しないわけもなく、ゲームにだって人気の概念があるわけですから、「人気」の概念がまったく語られないことにそもそも違和感がある。


まあウイニングライブを全然描写しなくなっているので「あいわかった。アイドル路線は薄くしてスポ根路線でやりたいのね」と納得しそうになりますが、なんとキタサンブラックの出走レースをポンポンスキップして静止画数枚だけで終わらせます。は!?



アイドル路線もスポ根路線もせずにどうするんだ!?
と思ったら、なにやら他のウマ娘との会話ばっかりやってる。


しかも内容が「ナイスネイチャとの交流」とか「ミホノブルボンとの特訓」です。


んんんんんん?????????


ちなみにですが、ナイスネイチャと仲良くなるのは「ドゥラメンテトウカイテイオーみたいだね、じゃあキタサンブラックナイスネイチャに似ているね」からの流れなんですが、そもそもトウカイテイオーキタサンブラックの関係自体が無から生えてきたオリジナル設定なはずで。
つまりオリジナル設定を根拠にして、オリジナルの人間関係を構築しているわけです。それが許されるならなんでもありでは……?


で、ミホノブルボンとの関係は……おそらくですが、キタサンブラックミホノブルボンも後天的に坂路トレーニングで身体を鍛え上げた繋がりがあるよね、とのコラムが由来でしょう。
じゃあやっぱりそっちも実質無関係じゃねーか!?


そんなわけで、キタサンブラックを題材にしながら、ず~っとキタサンブラックと関係ない話をしているもんだから「なにこれ……?」となるわけです。なぜキタサンブラックを構成する、取捨選択に困るくらいある潤沢なエピソードを捨てて無から作った話をず~っとしてるわけ……?


さすがに天皇賞(春)を静止画数枚でパパッと終わらせる特殊ED処理したときは「なにやってんの!?」って本気で震えちゃったよ。


第一話はメチャクチャよかったんですけどね。キタサンブラックの物語としては満点だったと思います。
まあ思い出してみるとまだ逃げたことのないキタサンブラックを「逃げ馬」と言い出す沖野トレーナーとか(その話中でも一回も逃げてねえ!)、最初から街の人間に好かれまくってハルウララ何番煎じな良い子描写がメチャクチャ雑に見えますが。


とはいえ、ウマ娘3期は「アニメ単体」として見れば別に絶望的にダメなわけではありません


作画は綺麗になりました。演出もよくできてます。構成だって悪くありません。ちゃんと面白いです。ただ、原作を大幅改編したアニメ化を見て「まあ、原作はもっっっっと面白いけどね……」と諦観を抱きながら絞り出す感想です。「どっちも面白いよね!」のパターンになるならいいんだけど、そうはならなかったんだ……。


1~2期ではここまで気にならなかったのに、ウマ娘3期にどうしてここまでガッカリしてるのかと言えば、シンプルに「TVアニメとしてのウマ娘は設計が古すぎる」これに尽きる。
リリース前の1期は、実馬同士の因縁がちゃんと連携できていて話が一本筋が通っていました。さらにウイニングライブの設定を説明するために、ひとつのパッケージングとしてウマ娘世界が理解できるようにされていました。


2期は戦線離脱気味の馬をメインに据えることで、群像劇めいた面白さをだしました。ここから、現実での馬の宣伝に使われた素材や史実の取り込みをおこなった演出をして、擬人化物としてレベルをあげました。



さて3期。ここにくるまでに多くのことがありました。


まず、ウマ娘が社会的に人気がでて、当初の色物路線が薄れたこと。競馬のスポーツ性に多くの人間が気づいたこと、ウマ娘においてもスポ根やアスリートの面にフォーカスした要素が肯定的に受け入れられ、アイドル要素やコメディといった息抜きが必要なくなったこと。


なので、ウマ娘3期でも競争中にモブたちが「無理ィ~!」って弱音を吐くギャグ演出がなくなり、レースの深刻さが一気に増しました。でも、それらの小手先の変化じゃあ世間でのウマ娘の扱いの変化に追いついてないんですよね。



監督のコメディ描写は確かに面白いのですが、見ている間ずっと「でも、もうそういった要素がなくてもウマ娘は受け入れられるんだよな」と思ってしまって、若者受けしようとしてギャグを滑らせるおじさんを見るようで、誇張の仕方も類型的で痛々しい。コメディ要素がいらないんじゃないんだけど……。


さらに、ウマ娘を多数出して世界を説明する都合上、アニメではトレーナーひとりが多くのウマ娘を管理するチーム制になっているわけですが、このせいで沖野トレーナーは完全に空気になってしまいました。これは二期からですが、だって…ウマ娘たちが勝手に成長して勝手にがんばってるのでレース決め程度の役目以外ないし……?


もちろん厳密にいえば二期では治療だったり、調教組んだり、まあしてますよね。でも、沖野トレーナーがアニメに一切でなくなったら、今のストーリーって変わるかといえば……変わらないんですよね。いてもいなくてもいい。実際、キタサンブラックを励ますような精神的な支柱になっているのはトレーナーじゃなくてナイスネイチャです。


これが他のシリーズならトレーナーとウマ娘が一対一でやり合うので必要不可欠ですし、ここの関係性で史実の要素を取り込むことが可能です。
しかし沖野トレーナーたちはオリジナルキャラで、ひとりで複数人を担当する以上、親密になることもできず汎用的な行動しか執りません。


なんなら3話なんて一言も喋ってない今浪さんの方がトレーナーとしてのオーラがバリバリにでていて、ただそこに立ってるだけでゴルシとの物語を想像しましたからね*4
沖野トレーナー、ゴルシが悩んでるときになにかやったか?


沖野トレーナーが雑にウマ娘を走らせてトレーニングをつけるシーンは、プラモアニメでプラモ制作シーンがヤスリ掛けしかないのを見たのと同じくらい悲しい気持ちになります。



最初期の段階において、たしかにウマ娘プリティーダービーのTVアニメに大いに意義はありましたが、シンデレラグレイやROAD TO THE TOPが出てきた今、Season3は大昔のアニメを見ているようで辛いのなんの……。


ウマ娘3期はまあ、普通に手堅く「面白かったね~」と言われるでしょう。俺だってそう思ってる。1話につき2回くらい見てる。そのうえで、キタサンブラックという極上の素材を使って「面白かったね」程度で終わる話にしかなってない現状には、ただただガッカリしているのです。無念。


いま実際の競馬が面白さを更新しつづけているのに、ウマ娘3期の量産型エモアニメっぷりはなんなのだろう。かつてのパイオニアも、時代が変わればこんなものなのか。なんとも悲しい気持ちである。

*1:定期的に稼ぐ馬を出してるから頑張ってるところですが!

*2:ダノンキングリーのときそうだったよね?

*3:まあ長距離レースの地位が低いのですが

*4:ちなみにネット上では今浪さんとゴルシの関係の前座にされがちな須貝調教師とゴルシの激重バッグボーンもメッチャ良いんすよ……。